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定年年齢の引き下げ


事業環境の悪化を受け、定年年齢を70歳から65歳へ引き下げた。

※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。

事件の経緯

学校法人Sの定年に関する規程は、次のようになっていました。

・S46.6.1以前に採用された者 72歳

・S46.6.2~H2.3.31に採用された者 70歳

・新規採用の教職員 65歳

学校法人Sはこの規程を次のように改定し、H13.4.1から施行しました。

・新規採用の教職員 65歳

・既往の教職員については従来の定年を平成13年から毎年1歳ずつ引き下げて、平成19年度には一律65歳とする

これに対し19人の教職員が、この就業規則の変更を不利益変更だとして、無効を訴えました。

学校法人Sは、次のように主張しています。

変更の必要性について

○教職員の平均年齢は48.4歳、そのうち大学教員の平均年齢は54.3歳であり、教職員の約半数が従前の規程の72歳定年及び70歳定年の適用者です。このように高齢化しているまま何もせずに放置すれば、15年後には教員の過半数が65歳以上となります。

○この人員構成は、組織の停滞と教育活動そのものの停滞をもたらしています。実際のところ、最新の科学技術に対応している若年の人材を採用できませんし、また採用してもその者の実力や年齢に相応した地位や待遇を与えられません。そのうえ大学教員の博士号取得率をみると、一流大学が一様に80%を超える中、当方は60%でしかなく、その停滞振りが顕著です。

○60歳の大学教員一人にかかる人件費は現状1200万円程度です。 このまま60歳以上の者が10年間も増えつづけ、現在の1.5倍強にもなるということは、他方少子化が進行して収入減が見込まれることと相まって、当法人の財政の重大な悪化要因になります。

これまでの対応策の限界について

○平成2年に早期退職優遇制度を施行しました。その内容は、「60歳以降に退職した場合、その退職時の退職金に元々の定年(70歳もしくは72歳)までの残余年数を基にした割増加算を行う。」「65歳で退職した場合には、特例として、前記に算定した退職金額の倍額を支給する。」というものでした。しかしながら制度適用を申し出た者は、平成2年から5年間でわずか30人(該当者の9%)に止まりました。

○そこで、第2次ベビーブームに対応して国から8年間の学生の「臨時定員増」が認められ、資金的にも臨時に対応できる体制が整ったことから、平成7年から5年間に限り、前述した65歳限定の特例措置を大学教員について「60歳以降」まで引き下げて、一気に早期退職の促進を図りました。(ちなみにこの措置は「臨時定員増」という財政的裏付があって初めてできたことで、そのまま継続できることではありません。)しかしながら、破格の特別待遇にもかかわらず、その申出者は97人(該当者の32%)に止まりました。結局平成12年4月現在、問題の大学教員中60歳以上の者が未だ31%も占める事態が続き、退職を退職者の任意に委ねる仕組みの限界が露呈しました。

変更の相当性について

○日本の労働の実態、労働行政の内容、国民の社会通念に照らして、65歳は定年年齢として客観的に十分な水準です。現に私学界でも、大学教員に65歳定年をとる大学が4割と最も多いし、それ以上の定年を定める大学も、当校と同様戦後の就学年齢急増に対応した結果に過ぎず、大学教員の高齢化が教育上望ましいとは考えられていないので、順次65歳に向けて引き下げ改定が進んでいるところです。

これに対して教職員側は、次のように主張しています。

変更の必要性について

○72歳定年及び70歳定年適用者が「新しい知識」に疎いとか、「教育活動の内容停滞をもたらしている」とは言えません。基礎から発展して実用につなげる能力を持つ学生の養成を行うには、若手教員だけでなしうるものではなく、無理に急速な若年化を進め、経験豊富で優秀な教員を年齢だけを基準に切り捨てることは、学校の教育指導力を損なう危険が極めて大きく、誤った政策と言わざるをえません。

これまでの対策の限界について

○現在においても、早期退職優遇制度を維持、拡充しつつ、若手教職員を採用すれば、高年齢化の進展はほぼ解決できます。

○学校は、学生・受験者数とも減少どころか増加傾向にあり、定年割れもありません。

変更の相当性について

○私立大学には、国公立大学や民間企業から中途で入社し、あるいは定年退職した後に入社する者が相当数いて、入社時の年齢が一般企業より高いのです。私立大学の教員の定年年齢が高いのは、定年年齢を高く設定すべき必要性があったためであり、一般民間企業の定年年齢と単純に比較するのは間違いです。

○平成12年には、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律」が成立し、雇用確保措置をとる努力義務の年齢を65歳まで引上げています。こちらの「意欲と能力のある限り年齢にかかわりなく働き続けることができる」ことが望ましいとの見解を示していることが、本件において想起されなければなりません。72歳、70歳定年の合意が契約内容になっているにもかかわらず、働く者の意欲、能力にかかわりなく、当初の合意よりも下回る年齢で一律に働く機会を奪う就業規則変更を行うことは、国の目指す高齢化社会のあり方に逆行するものであることは明白です。

さて、この訴えの結末は...

会社側の勝ち:変更の必要性があり、変更の程度も手段も妥当

【主 旨】

就業規則の変更が合理的であるなら、例え反対する人がいても、会社全体に適用される

新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既往の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない。

しかしながら、統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者が同意しないからといって、その適用を拒むことは許されない。

今件定年年齢の引き下げは、在職継続による賃金支払への事実上の期待への違背、退職金の計算基礎の変更を伴うものであり、実質的な不利益は、賃金という労働者にとって重要な労働条件に関するものであるから、このような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度な必要性に基づいた合理的な内容のものである場合にのみ、その効力を生ずるものというべきである。

学校法人Sを取り巻く環境からいえば、就業規則の変更には必要性がある

学校法人Sの財政状況は、平成11年度及び平成12年度については黒字であったものの、平成13年度は赤字であり、これまでの推移からして必ずしも安定した状態とはいえず、その中で一定の金額を確保することが法的に要請されている一方、平成12年4月現在の大学教員中51歳以上が4分の3を占めるといういびつな人員構成となっており、高齢教員の割合が高いため、人件費の負担は全支出中約5割を占め、人件費削減の必要性も認められる。

応募人数の絶対数の減少、国立大学の参入という経営環境の変化は、平成13年の就業規則の制定時には差し迫っていないとしても、5年以内には確実に生ずる事態であるから、これを踏まえた対応については、緊急の必要性があるというのが相当である。

さらに、旧優遇制度は65歳で退職する者を格段に優遇することで事実上65歳定年へ誘導するための時限的方策であって、これを維持ないし拡充したまま若年者を相当数採用するのでは、学校法人Sの財政的負担が大きく、年齢構成のアンバランスを解消する方策としては非現実的と言わざるをえない。

引き下げる年齢が65歳であること、及び引き下げる方法は相当なもの

私大連盟調査等によると、定年制を65歳とする大学が4割弱と最も多く、70歳以上とする大学を上回っていること、国立・公立大学では65歳であること、他の私立大学でも定年を65歳に引き下げる例が多いこと、人件費削減効果も高いことからすると、定年を65歳と定めたことが不合理とはいえない。

また、定年を急に一律に65歳に揃えるのではなく、実施まで1年7ヶ月の猶予期間を置いた後、7年間をかけて、1年に1歳ずつ段階的に下げていくこととしており、定年引き下げの適用を受ける者の選択をする熟慮機会を確保している。

したがって、平成13年就業規則による定年の引き下げ後の年齢それ自体及び引き下げ方法は、相当なものであるといえる。

 

(参考判例)

芝浦工業大学(定年引下げ)事件

 

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