過失による損害

 

作業環境が悪いことを理由として顧客と契約終了を勝手に交渉したので、出勤停止にした。

 

※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。

 

事件の経緯

 Aさんは、コンピューターソフトの設計・開発を行なうP社に、事業推進部の部長として勤めています。

Aさんは、P社がD社から受託したデータベース構築業務の担当者として、客先に派遣されることになりました。この業務は、B製薬がユーザー兼発注者、請負業者がC総研、孫請業者がD社で、D社がP社に業務委託契約により一部の開発業務を委託するという関係でした。

 

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Aさんは作業に先立って、B製薬とD社の担当者に面談し、高田馬場所在のB製薬の事業所もしくは三軒茶屋所在のC総研の事業所となる見込みであること、また作業の期間は3月上旬から9月末までを予定していること等を告げられました。

 

Aさんは、P社より、以下の内容の本件業務命令書を受け取りました。

1.3月1日より派遣先をD社とする。

 

2.C総研が受注したB製薬の情報系のデータベースの構築作業を命じる。作業内 容は、基本設計、詳細設計、プログラム製造、テストである。

 

3.なお、作業形態は、客先常駐型の派遣とし、指示命令に関しては、現場担当者及び当社のE課長の指示に従うこと。(以下略)

 

Aさんは、P社から業務命令に基づいて、3月1日から、D社に指定された高田馬場のB製薬において、開発業務に従事し始めました。
作業をするうちにAさんは、この作業場は室温が高すぎ、換気も悪いと感じました。そうこうするうちに風邪気味になり、体調を崩してしまいました。

 

このままでは身体を壊してしまうと考え、Aさんは3月28日にE課長に対し、血圧が高めで体調が悪いこと、原因は作業場が暑く換気が良くないことが考えられる旨報告しました。E課長は、Aさんの顔色が悪いのを見て、「病院に行ってください。」と伝え、Aさんもこれを承知しました。

 

Aさんはまた、4月1日に、C総研の現場担当者に対し、「体調が悪いので、持ち帰って仕事をしてもいいですか?」と聞きました。その担当者は、自分の会社の上司に相談した上、「一時的なら構いま せんが、継続的にということならだめです。機密保持のこともありますので、ここ以外で作業するのはやめてください。三軒茶屋のC総研の事業所でも困ります。」と、Aさんに伝えました。

 

Aさんは、4月2日に休暇を取って病院に行ったところ、血圧が高いため検査や治療が必要だと言われました。

 

Aさんは4月5日、打ち合わせのために来訪したD社の担当者、Fさんに対して、高田馬場の作業場は暑くて作業環境が悪く、自分の体調が不良であるため、週のうち何日かは持ち帰って仕事をしたいということ、及びC総研の現場担当者にも同様に伝えたところ持ち帰りも作業場を変えることもできないと言われたことを伝えました。

 

Fさんが、「C総研の現場担当者がそのような意見ならば、作業場を変更することは難しいですね。Aさんとしては、このまま仕事を続けるのと、ある期間で仕事を終了するのとどちらを選びますか?」と聞くので、Aさんは、「体調が悪いまま作業を続けることはできませんので、私としては終了する方を選びます。」と答えました。

 

Fさんは、4月5日にP社のE課長に電話し、Aさんが「作業場の環境が悪いので作業を終了したい。」と言っているので、代わりのソフト技術者を派遣してほしい旨、伝えました。

 

E課長は、Fさんの電話での態度から、Aさんを作業者としたまま契約を継続するのは難しいと感じました。そのためAさんには、この業務の担当からはずれてもらうこと、また引継ぎは来週であることを伝えたうえ、他の技術者を探しました。

 

しかしながら、他の仕事に就いている者ばかりであったため、結局代替者を用意することはできず、E課長はFさんにその旨伝えました。

 

そのため、FさんはAさんに、4月末日まで作業を続けるよう依頼しました。Aさんは、このことをE課長に報告し、翌日E課長はFさんと、本件契約は4月末日をもって終了すること及びAさんは4月末日までは当該作業に従事することを確認しました。

 

Aさんは、4月5日から4月30日までの間、4月12日に通院のため有給休暇を取得した以外は高田馬場の作業場で勤務し、基本設計書作成に従事し、業務引継ぎを無事終えました。

 

P社の代表者は、本件契約が4月末日に終了したことについて、E課長及びAさんに報告させ、またD社のFさんにも事実関係を確認しました。

 

そのうえで、「Aさんは、体調不良および職場環境の改善要求について、上長や会社に相談することなく、自らの判断で仕事の持ち帰りや仕事の終了について顧客と直接交渉を行い、仕事を終了したい旨の意向を告げ、その結果会社は業務遂行の意欲を疑われて業務委託契約を打ち切られた。そのため会社は、1年契約により得られる受託金のほとんどを失い、多大な被害を被った。」として、これらのAさんの行為は、就業規則に定める懲戒事由の「業務上の指揮命令に違反したとき」にあたるとして、7日間の出勤停止処分とし、その間の賃金を支払わない旨通知しました。

 

Aさんは納得がいきません。

 

「『このまま仕事をするか、終了するかどちらを希望しますか?』と聞かれて、後者を希望することは認めますが、これは自分の希望を伝えただけであって、直接顧客と交渉したということではありません。契約を終了させる権限のない私が、仕事の終了を選択することはできません。また、4月末日で契約が終了したのは、E課長とD社と協議して決めたことであって、私はD社と直接交渉していません。」と抗弁し、懲戒処分の無効を訴えることにしました。

 

 

さて、この訴えの結末は...

 

会社側の勝ち:Aさんの行為は業務命令違反

 

【主 旨】 

作業を終了したい旨伝えたことは、業務命令違反にあたる

 Aさんが、顧客の指定する業務に従事せよと、会社から業務命令を受けて作業に従事していた際、その仕事の元請で、会社にとっては発注者にあたるところの社員から、現在の作業場を変更することは難しい旨伝えられていたにもかかわらず、会社に相談することなく、顧客の社員に対して、作業環境のため体調が悪いので仕事を続けるより終了したい旨直接伝えたことが認められる。

 

そしてAさんが、会社に無断で仕事を終了したい旨顧客の社員に伝えた行為は、会社が顧客の指定する場所で受託業務に従事するよう命じた業務命令に反する行為であるから、Aさんは就業規則に定める懲戒事由である、「業務上の指揮命令に違反したとき」に該当する。

 

また、Aさんは「自分の希望を伝えただけで、権限がない自分は仕事の終了を選択することはできないから、顧客と直接交渉したとは言えない。」と主張するが、会社内部の権限分配は、相手方が知りえない事項であるから、D社の社員にとって、Aさんの発言が会社の意を受けていないことは必ずしも明らかなこととは言えないし、たとえ個人の希望であっても、会社に事前に了承を得ることなく顧客に伝えることは、業務命令を逸脱ないし違反する行為だといえる。

 

たしかに業務命令自体には、作業場について具体的な指定はなく、D社の指定する場所とされていたこと、また当初D社の社員から作業場は高田馬場もしくは三軒茶屋であると告げられていたことから、Aさんが作業場変更の要望を伝え、変更可能性の有無をたずねたこと自体は、業務命令に違反する行為とはいえない。

 

しかしAさんは、C総研やD社の社員から作業場の変更が難しいと告げられており、この時点で業務命令上作業場を変更することができないことが明らかになったといって良く、Aさんがこのような認識を持ちつつ、上司のE課長に相談することもなく、仕事の終了を希望する旨の要望を伝えたことは、業務命令に違反する行為だと言える。

 

出勤停止処分は相当

 会社には労務上の安全に配慮する注意義務があるので、労働者から体調不良による就労場所の変更の要望があったときは、検討しなければならない。

 

ただ、そのような場合でも、会社は就業場所の状況について要望のあった労働者等から必要な調査をしたり、医療機関の意見を聞く等した上で、変更するかしないか、時期や変更はどうするか等を決定するというように、労働者に対する安全配慮義務に反しない限り、一定の裁量を持っている。

 

このケースについては、Aさんが仕事の終了を希望する旨顧客に告げたことにより、会社は突然に顧客より代替者の派遣を要請され、これに対応することを余儀なくされた。(そして、これに対応できなかったため、契約を打ち切られた。)

 

これらを照らし合わせてみると、Aさんの行為が会社に与えた経済的損失及び信用毀損の程度は軽くないことに加え、Aさんの業務命令違反行為は過誤によるものではないこと、Aさんがいわゆる管理職についていることを考え合わせると、7日間の出勤停止処分は、会社が有する懲戒権として、行使しうる範囲内にあると言える。

 

(参考判例)

パワーテクノロジー(出勤停止処分)事件