風評の流布

 

男性社員が、女性社員に関して事実と異なる私的関係を吹聴した。

 

※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。

 

事件の経緯

 D社は出版業を営む会社です。従来は専門書籍を出版していましたが、一般大衆向け書籍の出版も行うことになり、Cさん、A子さん、Kさんが編集員として採用され、Cさんは東京編集長となり、A子さんとKさんはCさんの部下として編集業務に携わることになりました。

 

あるとき、A子さんが担当編集員、Kさんがその補助の編集員ということで、編集業務を行うことになった書籍がありましたが、著者の原稿執筆作業が遅れ、執筆された原稿も多くの編集作業を必要とするものだったため、同書の編集作業は順調に進まず、刊行予定に間に合わないおそれが生じました。

 

A子さんはCさんに対して何度も相談し、刊行予定を延期するか、補助の編集員を雇ってもらえないかと要請しましたが、Cさんは取り合わないどころか、「著者に来社してもらって書いてもらえ」などと言ったため、A子さんはやむをえず著者に連絡を取り、早急に原稿を仕上げて欲しい旨強く要請したところ、D社のスタッフの対応と原稿の催促が常軌を逸しているとして、出版の拒絶を通知するメールが送られてきました。

 

A子さんはCさんに相談し、その指示により、Kさんとともに著者に謝罪した上、今後編集者として節度ある態度を守り精進する旨を記載した反省書を提出しました。

 

このころCさんは、同僚に対して、「A子さんはおかしい」「巻き舌でCさ~んって来るんだよ」「A子さんが毎晩電話をかけてくる」A子さんはストーカーじゃないか」などと言い、総務部長のMさんなど、上司からA子さんの勤務態度について尋ねられた場合には、否定的な評価内容の返答をするよう促しました。

 

またCさんはKさんに対して、A子さんと同僚のFさんが飲食店で一緒に食事していたところにたまたま出会ったため、「A子さんとFさんはできているのかねえ」などと言ったり、A子さんが総務部長のMさんに毎日のように相談を持ちかけていることから「あることないことMさんに報告しているんじゃないか。何を言われているかわからないぞ。二人はできているから気をつけろ。」などと言いました。

 

そのうえCさんは、「A子さんは、著者から出版拒否を言い渡される、原稿を途中で放り出す、しかも試用期間中だろう、普通だったらクビだ。」などと言い、総務部長のMさんや取締役のOさんから、A子さんの仕事ぶりに尋ねられた際も、低く評価している旨の意見を言いました。

 

また、Cさんはどうやら総務部の女性社員Nに頼んで、A子さんの給与金額をこっそり教えてもらったりもしたようです。

 

D社の社長Hさんは、Cさんを呼び出し、A子さんの立場はそのままであること、人事について口出しをしないこと、編集長として編集部員の管理・指導に努めることなどを確認し、その話を謝罪文にして提出させました。(ただし、A子さんにはこの件を伝えませんでした。)

 

そして、Cさんは編集長の任を解かれました。

 

その後、Nさんは他人の給与台帳を勝手に見たということが問題視され、総務部から編集部に異動となりました。

 

CさんとNさんは同じ職場となりましたが、この二人は職場内でべったりという感じで、勤務時間中でありながら嬌声が広がるような状況であり、A子さんには目に余るものがありました。

 

実際に他の編集部員から、Cさんの仕事のやり方や、Nさんの騒がしい態度について、不満が出されたこともありました。

 

A子さんは、当時の上司に数度かけあいましたたが具体的な対応を示さなかったため、取締役のOに「C氏のセクハラの件」及び「C氏及びN氏のセクハラの件と題する書面を持参しましたが、最初の数行に目を通しただけでした。その際A子さんは、Cさん及びNさんに対する監督不行き届きについて、会社として謝罪文を出すよう要求しましたが、Oさんはこれを拒否しました。

 

A子さんは、Oさんが自分の訴えを聞き入れる様子がなかったことから、雇用均等室へ連絡し、雇用均等室の担当者からD社に対し直接指導して欲しい旨要請しました。

 

雇用均等室は、D社へ連絡し、社長のHさんと面談しましたが、HさんはCさんに対して十分な対応を行ったと主張しました。

 

A子さんは、D社を退職し、Cさんに対してセクハラ行為があったこと、またD社に対してA子さんが善処を求めたにもかかわらずCさんの行為を放置したことにつき、訴えをおこしました。

 

A子さんの主張

 Cさんは、私の仕事上の評価の低下を目的として、D社の社員や仕事関係者に対し、以下ように吹聴しました。これは事実無根の誹謗中傷であり、D社内外の関係者に私の私生活、ことに異性関係に言及し、それを非難する発言をして私の名誉を毀損し、私の仕事上の評価を低下させたものであり、悪質なセクハラ行為です。

 

「A子さんはKさんとできている」「A子さんは俺のストーカーだ」「A子さんが俺の家に毎晩、巻き舌で『Cさ~ん』と電話をかけてきて困っているんだ。A子さんっておかしいと思わないか」「A子さんとFさんはできている」「A子さんは総務部長のMさんとできているから気をつけろ」「俺のところに毎晩いやらしい電話をかけて迫ってくる。著者から出版拒否にあうような編集者、ゲラを途中で放り出すような無責任な編集者、編集部内で一人浮いている、あとひとつ揃えばA子さんをやめさせられる」

 

Cさんの主張

 「A子さんとFさんはできているのかね」と聞いたことはあるが、断定したことはない。

 

「A子さんとMさんはできている」という軽口を交わしたことはあるが、A子さんとMさんが結託して情報交換をしているのではないかという意味であり、男女の性的関係を噂するものではない。

 

著者から苦情を受け、反省文を書かされるようなことがあれば、通常はクビになっても仕方がないと言ったことはあるが、他のことは言っていない。

 

A子さんの主張

 2D社は、私の申告に対して何ら適正な対応をしようとしなかったため、被害が拡大しました。

 

私が総務部長のMさんに相談したところ、「放っておいたらええのんや」「そんなん気にしてデリケートなのがあかんのや」としか対応してくれませんでした。

 

また取締役のOさんに何度か相談してもなかなか応じてくれず、やっと話を聞いてくれるということで、経過書面を作成して持っていったら、「経過が記載してあるだけで事実かどうかわからない」と言われ、A子さんにはCさんとNさんについての人事権はないと的外れに怒鳴られ、書面を投げつけられました。

 

D社はCさんから謝罪文を提出させたとのことですが、私はそのことを知らされていませんでしたし、その内容はもっぱら人事権のことで、セクハラ行為の解決につながるものではありません。

 

それに、Cさんを編集部員に降格させたといっても、後任の編集長は任命されず、社長が編集長を兼任するということだったので、実質的には何も変わりませんでした。

 

D社は私の苦情申告について十分な事実確認をせず、Cさんに対する適切な指導監督をしないまま放置していたのであり、使用者責任を負います。

 

また、私との雇用契約において、当然就業環境を調整する義務を負っているはずですが、こちらも放置していたのであり、就業環境調整義務違反により債務不履行責任を負います。

 

D社の主張

 Cさんの態度に問題があると聞き、Cさんを呼び出して厳重に注意するとともに、謝罪文を提出させました。したがって、それ以後CさんがA子さんに対して、人事権を振りかざしてA子さんのいう嫌がらせをしたということはないはずです。

 

取締役のOさんの件についてですが、Oさんは、事前にアポイントもなくA子さんが押しかけてきて、すぐに経過書面を読むよう強く要求されたので、やむなく読みましたが、冒頭部分は経過が書いてあるばかりで結論部分がなかなか出てこず、結局何が言いたいのかを問い詰めたとのことです。

 

するとA子さんは、CさんやNさんに対する監督不行き届きについて謝罪文を出して欲しいと唐突に要求してきましたが、このようなことは関係者に事情の聴取等行わないと、簡単にできることではありません。

 

その旨を伝えると「じゃあ返してください」と居丈高に文書の返還を求められましたので、「じゃあ持っていけ」と軽く机の上に投げ返しただけだということです。

 

ですから、Oさんが書面を投げつけて怒鳴ったというのは、事実に反します。

 

 

さて、この訴えの結末は...

 

労働者側の勝ち:上司と会社は連帯して損害賠償責任を負う

 

【主 旨】

Cさんの言動は、不法行為を構成する

聴取により、A子さんが訴えているCさんの発言については、大部分が実際に発言していたことが確認されている。

 

「毎晩電話」「ストーカー」などの発言は、A子さんがCさんに対して、異性として一方的な好意を持ち、執拗な行動をとったことを意味するが、それが真実であると認めるに足りる証拠はないから、A子さんの名誉感情、人格権を侵害するものといえる。

 

CさんとFさんについて、「二人はできているのかねえ」と発言したことは、社内関係者との私的な異性関係に言及するものであると認めるに足りる証拠はないから、A子さんのプライバシー権を侵害するものといえる。

 

A子さんがMさんに対して頻繁に相談していたことを話した上「二人はできているから気をつけろ」などと発言したことは、性的関係を意味するものかどうか明らかではないとしても、A子さんとMさんが親密な関係にあり、A子さんがMさんに対して、社内関係者の言動を密告しているかのような印象を与えるものであり、A子さんの人格権を侵害するものといえる。

 

「著者から出版拒否~普通だったらクビ」などと発言したことは、CさんがA子さんの上司だったことを考慮しても、A子さんの立場、人事に干渉するものといえる。

 

A子さんが編集を任された書籍の編集作業において、CさんはA子さんからの刊行予定の延期または人員追加の要請を取り合わず、最終的には著者から出版拒絶を受け、その謝罪のためにA子さんが反省文を提出するなどの過程において、A子さんはCさんの仕事の進め方に不満を抱き、CさんはA子さんの能力に否定的な評価を下し、両者の信頼関係が悪化したことが推測される。

 

そして、上記のCさんの発言は、いずれもD社の社員に対し、A子さんの試用期間終了間際であったことに照らし合わせれば、Cさんは職場でのA子さんの評価の低下を意図しまたは認識しながら一連の発言をしたものと認められ、これによりA子さんの名誉感情、プライバシー権その他の人格権を侵害したものであり、不法行為を構成する。

 

よってCさんは、A子さんに対して不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

 

D社は相当の注意をしたとは言えず、連帯責任を負う

 Cさんの一連の発言は、いずれも社内関係者であり、上司としての職務上の地位を利用して、職場でのA子さんの評価の低下を意図または認識してなされたものといえるから、Cさんの職務行為と密接な関係を有する行為と認められる。

 

D社が弁解して言うには、編集部の職場環境の維持については、編集部員の自主性にゆだねていたというものであり、事後的に謝罪文を提出させた事実はあるものの、Cさんの職場での人格権侵害等の言動について十分な指導・監督を行っていたとは認められず、Cさんの選任・監督について相当の注意をしたとはいえない。

 

したがって、Cさんの使用者であるD社は、Cさんと連帯して、A子さんがCさんの発言によって受けた損害を賠償する責任を負う。

 

(参考判例)

東京セクハラ(破産出版社D社)事件