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転職支援目的の出向期間満了による解雇


グループ会社に出向し、従来の給与・賞与を支給したまま転職活動を行わせる措置を執ったが、転職できないまま出向期間が満了となったため解雇した。

※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。

事件の経緯

J社は、事業環境の変化に伴う構造的な問題をかかえているため、徹底したコスト削減を行うことを経営方針とし、その一環として下記のような制度を実施しました。

第1次新職務開発支援制度 平成10年12月10日~

現在及び将来ともにJ社グループ内での活用が困難であると判断される従業員について、グループ外での雇用先の開拓を支援し、転職を促進することを目的としています。

同制度の対象者は、J社の関連子会社であるJBSに出向し、同社のキャリアプラン推進室に所属して、自らの転職先を開拓するものとされ、同制度の適用中は賃金・賞与を全額支給されるほか、転職に必要な諸経費はJ社の負担となり、転職先が決まる等して退職する場合には、J社が通常の会社都合退職金に加えて年齢に応じた特別加算金を支給するほか、定年退職者に適用する慰労金相当額及び出向から退職までの期間に応じた特別一時金を支給することになっています。

第2次新職務開発支援制度 平成12年6月1日~

第1次新職務開発支援制度と同様の措置ですが、第1次においては無期限であった出向期間を3年間に区切り、既に出向を命じられていた者については、平成16年5月31日までの出向期間の2分の1を既に経過した期間として計算することにしました。

Aさん・Bさん・Cさんの3人は、第1次新職務開発支援制度の対象者でしたが、転職が決まらず、平成12年6月1日に第2次新職務開発支援制度の適用対象者となりました。(出向期限は平成14年9月15日)

そして出向期限の満了日近くになったとき、J社はAさん・Bさん・Cさんに対し、所定の退職手続を行わないときは解雇となる旨を告げましたが、3人とも退職手続を行わなかったので、J社は3人とも平成14年9月15日をもって解雇としました。

Aさん・Bさん・Cさんの3人はこれを不当とし、会社を訴えることにしました。

○会社側の主張

本件の解雇は、就業規則にいう「業務上その他やむを得ない事由のあるとき」にあたり、解雇権の濫用には当たりません。

人員整理の必要性と解雇回避努力義務

事業環境の変化に伴う構造的な問題をかかえているため、徹底したコスト削減を行うことを経営方針とし、以下の施策を講じました。

1.構造改革計画
会社本体の人員約4,000人を約800人削減(平成10年度末まで)

→役員の報酬及び従業員の賃金のカット、希望退職募集、不動産及び有価証券の売却等の施策実施→1年前倒しで達成

2.第1次経営変革計画会社本体の人員約3,200人を約800人削減(平成12年度末まで)

→管理職及び組合員層を対象とした特別早期退職優遇制度、移籍制度(関係会社に出向している55歳以上の従業員はその出向先へ転籍)等の施策実施→1年前倒しで達成

3.第2次経営変革計画分社化の効果もあり、約1,900人となっていた会社本体の人員を約400人削減(平成13年度末まで)

→特別早期退職優遇制度の適用範囲を第1次経営変革計画の時よりも広げ、2回に分けて実施、また賃金カット、配置転換、出向、転籍等の施策も継続して実施→計画通り達成

このように、解雇を回避するための措置を講じてきていますし、今後も競争力を高めるために、更にスリム化された人員体制への移行を実施することが必要である状況に変わりありません。

人選の合理性

第1次・第2次新職務開発支援制度の適用対象者は「現在及び将来ともにグループ内での活用が困難と判断された者」であり、これは
本人の保有技術、技能、知識等を十分に見極めた上で、将来の活用の可能性について慎重かつ総合的に判断した結果、J社グループ内に適当な職務を見出せない者を指します。

具体的な人選にあたって、人事部を中心に、本社各部室長、各事業所長・支店長等、会社の人事の立案に関連する幹部従業員と協議しつつ、各従業員のこれまで及び現在の職務遂行状況、その保有する技術・技能、知識等とグループ内に存在する職務とのマッチング、ローテーションの可能性等、種々の角度から検討を加えて適用対象者をリストアップし、このような選定基準により選定された者で希望退職募集に応じて退職しなかった者のうち、JBSへの出向期間満了時までに転職等により退職に至らなかった者を解雇としています。

解雇手続の相当性

第1次新職務開発支援制度については、平成10年7月8日から同年10月9日まで、計14回にわたり会社と労働組合とが十分な協議を重ねて、労使協定を締結した上で実施されたものです。

また、第2次新職務開発支援制度については、平成12年3月17日から同年5月22日まで、計15回にわたり会社と労働組合が十分な協議を重ねて、労使協定を締結した上で実施されたものです。

これらの協議内容及び合意内容は、労働組合の機関紙、掲示板等によって組合員に周知されており、組合員であったAさん・Bさん・Cさんも当然認識していましたし、誰を第1次・第2次新職務開発支援制度の適用対象者としたかについて労働組合へ通知しましたが、組合はこれに異議を述べませんでした。

また、3人に対して第1次新職務開発支援制度の適用申請については、事前に各自の上長から相談を持ちかけ、グループ内では適当な職務が見出せないこと、特別早期退職金優遇制度の適用を受ければ退職金の手厚い割増があることを説明した上で、同制度により自発的に退職するか、第1次新職務開発支援制度の適用を受けるかを選択する機会を与えました。

そして、第2次新職務開発支援制度へ切り替わる際には、出向期間が満了すれば出向期限が平成14年9月15日になること、出向期間が満了すれば解雇となることを伝え、それまでに転職先を開拓するよう促し、その後も月例個別面談の際に度々同様の話をしていました。

○労働者側の主張

解雇は、就業規則の「業務上その他やむをえない事由のあるとき」にあたらず、解雇権の濫用であり、無効です。

人員整理の必要性

会社が行ってきたリストラクチャリングによって、企業収益力は十分に改善されています。

また、平成7年度には約4,000人いた従業員を、平成14年度末までに約1,500人に削減しており、このように希望退職・配置転換等によって当初の削減予定人数が達成されたもとでは、あえて整理解雇を選択する必要性は消滅しています。

解雇回避努力義務

会社は、我々を第1次新職務開発支援制度の適用対象者に選定した後は、本体従業員としての復帰、グループ内企業への出向・転籍等の解雇回避のための努力をしたことはありません。

人選の合理性

会社の主張する被解雇者選定基準は、漠然とした抽象的なものである上、使用者の恣意的判断がなされる余地があり、客観性は全く担保されていません。

解雇手続の正当性

労働組合に組合員の生殺与奪の権利があるわけではなく、組合が了承したからといって、それだけで手続に問題がないと言いきれるわけはありません。

また、組合との合意は、制度の適用対象者の一般的な基準について合意されただけであり、具体的にどのように人選を進めていくのかについては協議されていません。

そして、我々はいずれも、平成10年の第1次の希望退職募集の打診すらなく、希望退職の募集が打ち切られると同時に、会社からの連絡は何もないまま出向を命ぜられましたし、第2次の希望退職に際しては、希望退職に応募する権利すら認められませんでした。

第2次新職務開発支援制度における出向期限の設定に際し、会社は我々と協議や説明は一切行っておらず、また労働組合も我々に対して意見聴取を行っていません。

我々は不当な出向命令に従事させられ、出向期限設定に関して何らの意見表明の機会も保障されずに解雇されたのであり、手続が妥当性を欠くのは明確です。

さて、この訴えの結末は...

労働者側の勝ち:人員整理の必要性等が不十分

【主 旨】

解雇を行うほどの人員削減の必要性が窺えない

以下の点に照らし合わせると、従業員を余剰人員として解雇する高度の必要性があったとはいえない。

1.長期にわたって行われたJ社の経営改善のための諸施策によって、平成14年9月の本件解雇時には、経営危機は深刻な状態から脱していたと見ることができること

2.構造変革計画及び第1次・第2次経営変革計画における合計2,000人の人員削減計画はいずれも平成13年度末に達成され、同時期には従業員数が約1,500人にまで減少していたこと

3.平成14年度には大卒以上の従業員14名を新規採用していること

解雇回避努力は評価できる

コスト削減策の一環として、役員の報酬及び従業員の賃金カット、希望退職募集、移籍、配置転換、資産売却、不採算部門の休止、JBSにおける転職支援等の様々な措置をとってきており、これらは解雇を回避するための相当な努力として評価できる。

人選の合理性について根拠が薄い

本件解雇の対象者は、1次・第2次本制度の適用対象者のうち、出向期間を満了しても転職先の見つからない者とされている。

このような人選基準もその判断が客観的、合理的に担保されていれば一つの基準として是認しうるが、そのような評価基準が整備されていた証拠はない。

また、グループ内の他企業に打診する等して、活用先を具体的に検討したという形跡が窺われず、現在及び将来ともにグループ内のいかなる企業においても適当な職務が見出せないと判断した根拠がうすいと言わざるをえない。

解雇手続が相当ではない

本来、特定の組合員の雇用の終了に関する事項は、労働組合の一般的な労使協定締結権限の範囲外である。

Aさん・Bさん・Cさんの3人は、第1次新職務開発支援制度の適用対象者であり、会社や組合は、第2次新職務開発支援制度が実施されればいずれ被解雇者となる可能性の高いこれら3人の意見を聴くことなく労使協定を締結している。

また、J社は3人に対して、第2次新職務開発支援制度について事後的な説明をしたに過ぎないのであって、これらの事情を考慮すると、J社のとった手続が十分な相当性を備えたものであるということはできない。

 

以上によれば、J社が解雇回避のために努力をしてきたことについては評価できるものの、人員整理の必要性、人選の合理性、解雇手続の相当性についてはいずれも不十分であり、これらを総合的に考慮すると、今件の解雇は整理解雇としての合理性及び相当性を認めることができず、解雇権の濫用にあたり無効と言わざるをえない。

 

(参考判例)

ジャパンエナジー事件

 

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