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企業買収による会社解散


買収された企業が解散して社員を解雇し、その営業譲渡を受けた会社があらためて社員を雇用した。

※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。

事件の経緯

O社は、経営危機に陥っていました。

売上高は、

平成8年4月30日時点 6億9904万円

  ↓

平成9年4月30日時点 6億4998万円

  ↓

平成10年4月30日時点 6億2265万円

  ↓

平成11年4月30日時点 5億3973万円

  ↓

平成12年4月30日時点 4億3155万円

と、年々減少が続いています。

また、O社の従業員の平均年齢は52.1歳であり、人件費も比較的高額となっているため、売上高にしめる人件費の割合も、

平成8年4月30日時点 66%

  ↓

平成11年4月30日時点 80%

  ↓

平成12年4月30日時点 88%

と一貫して上昇しています。

なお営業損益は、

平成8年4月30日時点 営業利益174万円

  ↓

平成9年4月30日時点 営業損失3530万円

  ↓

平成10年4月30日時点 営業損失5227万円

  ↓

平成11年4月30日時点 営業損失1億1066万円

  ↓

平成12年4月30日時点 営業損失1億1142万円

剰余金は、平成8年4月30日時点では4億1100万円あったものが、平成12年12月30日時点では1億867万円まで減少しました。

上記の通り、O社の経営が苦しくなっていること及びO社の経営者が会社を手放したいと考えていることを知った同業を営むS社は、数年分の決算報告書を入手して検討した結果、S社のノウハウをつぎ込みリストラクチャリングを敢行すれば業績は回復できると見込みました。

そして、平成12年10月31日、O社は全株式をS社に譲渡する契約を締結し、O社はS社の100%子会社になりました。

この買収に伴い、O社の経営者は全員退任し、S社の取締役及び従業員がO社の代表取締役及び取締役に就任しました。

新経営陣は、財務内容等を調査し、O社のこれまでの経営上の問題点を洗い出したところ、最大の問題は売上と比較して人件費が高い水準にあることであり、思い切った人件費削減措置を講ずる必要があると結論付けました。

平成12年11月1日、新経営陣は始業前の朝礼において、従業員に対し、O社がS社に買収されたこと及び経営者が交代することを報告しました。

その際、O社の経営状態が悪化していて、従業員には今まで以上の努力と会社に対する忠誠心が必要であることを自覚して欲しいということと、この方針に協力する者は残れば良いし、協力できない者は去れば良いと言いました。

また新経営陣は、11月1日以降、従業員を一人ひとり呼び出して面談を行い、その席でO社が赤字であること、従業員の賃金体系を変更する予定であること、社内に26の課を設けるので、正社員である従業員はほとんど全員が課長になってもらうことを説明しました。

さらに新経営陣は、11月16日の終業時刻後にO社の従業員全員を集めて次のように述べ、また同内容の書面を事務所に掲示しました。

「O社は毎年1億円の赤字が発生しており、このままでは倒産は必至ですから、赤字体質にある会社の再構築を図る必要があります。またヒアリングの結果、従業員みなさんの最大の関心事は退職金を支払ってもらえるかどうかであることがわかりました。そこで12月15日までの予告期間を設けて従業員全員を解雇して、その後直ちにS社において再雇用します。ただし、退職届を提出した方は正社員として雇用しますが、提出しない方は嘱託あるいは契約社員として雇用します。正社員の場合は管理職になってもらいます。今後の勤務を円滑に行うため、11月30日までに態度を明らかにして下さい。」

O社の労働組合は、S社に雇用された場合労働条件が大幅に悪化するとして強く反発し、組合員は退職届を提出せず、O社との雇用関係を維持したまま就業する方針としました。

O社は平成12年12月15日に臨時株主総会を開催し、O社の経営状態が悪化し回復が困難であることに鑑み同社を解散すること、事業をS社に譲渡すること等を決議しました。

なお、S社とO社との間で交わされた営業譲渡契約書には、次のように定められました。

「S社は、営業譲渡日以降はO社の従業員の雇用を引き継がない。ただし、S社はO社の従業員のうち、平成12年11月30日までにS社に対し再就職を希望した者については、新たに雇用する。」

O社は、平成12年12月15日、同日までに退職届を提出しなかったAさんら11名を、会社解散により就業規則の解雇事由に該当するとして解雇しました。

Aさんらは、S社を訴えることにしました。

双方の主張は以下のようになります。

S社側の主張

O社は、平成12年12月15日付けの会社解散を理由として、Aさんらを解雇しました。解散は真実であって、この解雇は就業規則第56条1項3号に規定している「やむを得ない業務上の都合があるとき」に該当していますから、有効です。

また、Aさんらは、今件の解雇が労働基準法に違反した労働条件の切り下げ及び労働組合を排除することを目的としたものであるから、偽装解散であり、会社解散を理由とする解雇は無効であると出張しています。

しかしながら、偽装解散とは形式的に解散決議をしながらも、実質的には同一の営業が継続される場合を言います。当社の場合は、役員構成が異なりますし、会社財産や経理の混同は認められず、今件の解散が偽装解散でなかったことは明らかです。

Aさんらの主張

O社は、会社の解散を理由に解雇を行いましたが、この解散は一方的かつ脱法的な労働条件の切り下げ及び労働組合の解体、排除を目的とするものであって、悪質な偽装解散ですから、無効です。そのため、この解散を理由とする解雇も無効です。

会社を単体で見れば、解散決議及び清算手続きを経て外見上会社が消滅したと見られたとしても、子会社を現実的に管理支配している親会社があり、解散した会社が実質上親会社の一部門と見られるような場合で、子会社の解散後も親会社が実質的に同一の営業を継続しているようなときは、会社解散が真実会社を廃止する意思のもとになされたとは到底言えません。

さて、この訴えの結末は...

労働者側の勝ち:特定の従業員の排除が目的とみなされ無効

【主 旨】

今件の解散は真実解散として行われた有効なもの

O社において、売上高に対する人件費の割合が88%にも達していたうえ、続く数年間は多数の定年退職者が出て多額の退職金債務が発生することが見込まれているという状況を考えると、解散当時のO社の経営状態は全般的に見て悪化傾向にあり、近い将来倒産のおそれもあったということができる。

また、O社の新経営陣が詳しく財務内容を調査したうえで、O社の営業が全てS社に譲渡されていることを考え合わせると、新経営陣がO社の経営状態の悪化傾向に見切りをつけ、営業譲渡を通じてO社の事業をS社の一事業とすることによって新たな事業展開を図るという、一個の経営判断として実施されたものと位置づけることができる。

そうすると、この解散を偽装解散ということはできず、今件解散は真実解散として行われた有効なものであることを否定することは困難だと言える。

解雇は客観的合理的な理由を欠く

解散は法人格の消滅を意味し、これによって会社は事業の主体として法的に存在しなくなるので、会社解散を理由とする解雇は、就業規則に定める「やむを得ない事業上の都合によるとき」に該当し、有効なものと考えられる。

しかしながら、平成12年11月1日の朝礼や平成12年11月16日の就業時刻後の話、営業譲渡の項目等から判断すると、O社の従業員全員に退職届を提出させ、退職届を提出した者をS社が再雇用するという形式をとることによって、賃金等の労働条件が元々のO社の条件を相当程度下回る水準に改訂されることに異議のある従業員を個別に排除することが目的であると言わざるを得ない。

このような目的で行われた解雇は、客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認できないことが明らかであるから、解雇権の濫用として無効になる。

 

(参考判例)

勝英自動車(大船自動車工業)事件

 

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