社会保険労務士法人 HMパートナーズ

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バックマージンを強要


会社の取引先から社員個人の企業宛にバックマージンを振り込ませた。

※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。

事件の経緯

X社は、車両組立を主たる目的とする、自動車メーカー系列の会社であり、車体製造や設計のほか、自動車デザインの開発・企画を受託しています。

Yさんは、昭和34年3月にX社に入社し、主にデザイナーとして勤務しており、昭和59年2月係長職、平成2年2月課長職に昇格して、主担当員の地位にありました。

Yさんは、X社とは別に、工業デザインに関する企画・設計・モデル制作・コンサルタント業や、これらに関する実務教育のための学習教室の運営を主たる目的とするT社を設立して、その代表取締役を務めていますが、そのT社が、X社からデザインモデルの木型の制作等を請け負っているA木型から、平成7年5月から平成11年4月にかけて毎月25万円ずつ、合計1,200万円を受領していたことが明らかになりました。

また、同じくX社から木型の制作等を請け負っているB試作からも、平成7年5月から平成得10年6月にかけて、少なくとも合計638万円を受領していたことが判明しました。

X社は、就業規則に定める懲戒事由「業務に関し、みだりに金品その他を受け取り、又は与えたとき」に該当することを理由として、Yさんを平成12年12月6日に懲戒解雇し、退職手当規程に定める支給制限の規定「懲戒解雇された者に対しては、退職金を支給しない」により、退職金を全額支払わない旨通知しました。

Yさんはこれに異を唱え、会社を訴えることにしました。

 

Yさんの主張

私は満60歳に達した平成13年1月13日に定年退職しましたから、退職金請求権があります。遅延損害金を含めて支払ってください。

そもそも、X社のデザイン部には、デザイナーグループとモデル造形室があり、外注の決定は、モデル造形室課長の判断がデザイン部長に伝えられて、順次試作部、購買部を経て実施されます。私はデザイングループに所属していましたので、外注に関する権限を持っていなかったので、取引の継続を条件にA木型らに圧力を加えられる余地はありませんでした。

またT社は、デザインスクール開設のため、美術・デザインの教師であった私の兄とともに設立したものです。私自身は、名前だけの代表取締役であるのにすぎず、兄をアドバイスする立場に終始していました。また、T社には多数の実務デザイナーが所属していて、実際に業務を受注しており、金員収受の隠れ蓑のためのペーパーカンパニーなどでは断じてありません。

この事件は、X社に取引を打ち切られたB試作が、それを私の差し金だと邪推して、脅迫されたとかA木型と癒着しているとかと告発したところ、A木型も保身をはかるため、私に脅迫されたと告発したというのが真相です。

T社が受領した金額のうちA木型のものは、デザインスクールの経営状況が芳しくなかったため、以前より知己のあったA木型に資金援助を依頼しに行ったところ「実務デザイナーによる少人数教育」という理念に共鳴して、応じてくれたものです。

またT社が受領した金額のうちB試作のものは、実際にT社でデザイン業務を請け負った代金です。

仮に私に懲戒事由があるとしても、退職金が賃金の後払いである以上、その不支給には、労働者に勤続の功労をすべて抹消ないし減殺するほどの著しく信義に反する行為が存在することが必要になりますが、私にはそのような行為はありませんし、退職金の不支給など許されません。

そのほか、X社は懲戒事由を明らかにせず、あらかじめ私に弁明の機会を与えることもしなかったので、手続違反により無効です。

 

X社の主張

Yさんは、平成2年2月から課長職に従事し、デザイン及びモデル制作の外注に関する実質的な決定権限があったところ、この権限を濫用して、当社との取引の継続を条件にA木型に圧力をかけて、A木型とT社との間の実態のないコンサルタント契約や内容架空の請求書等に基づき、合計1,200万円を支払わせました。

A木型は、Yさんのバックに当社の常務取締役がついていると思い、その力を恐れていました。Yさんはこの恐怖感を利用して、名目だけのコンサルタント契約を締結させたのであり、その後コンサルタントの仕事は何もしていません。

デザインスクール開設時、Yさんは当社のデザイン部員らに対し、即戦力のデザイナーやモデラーを養成すると説明して、T社への出資やスクールの講師等をさせましたが、これらのデザイン部員は利益偏重のYさんの姿勢に反発して辞めてしまっており、スクール閉鎖後もA木型からの支払いが継続されていたことも考慮すれば、スクールの理念に共鳴しての資金援助などではないことは明らかです。

またYさんは、平成4年8月頃、B試作の社長と知り合い、当時当社に取引口座がなく、かつ従業員10数人の弱小企業で、自動車のモデル制作の経験もないB試作に当社からモデル制作を発注させる一方、代金の上乗せやバックマージンの支払いを要求しました。

その後もYさんは、当社の系列会社各社にB試作とT社の売り込みを図り、見返りにバックマージンを要求したり、平成4年から平成10年にかけて、総額2,000万円近い接待をさせたりしました。

Yさんの行動は、従業員としてあるまじき行動であって、卑劣という以外になく、A木型らから受領した金額も常軌を逸しており、反省の様子もなく、上長としての範を示すべき管理職の者がこのような行為に及んだことは、当社としては放置できるものではありません。

この懲戒解雇に関しては、事前に、平成12年10月6日から11月7日にかけて5回にわたってYさんから事情聴取し、懲戒事由を説明しており、弁明の機会は十分に与えています。

さて、この訴えの結末は...

会社側の勝ち:懲戒解雇事由が認められ、退職金請求は信義則違反

【主 旨】

確認された事実によると...

モデル制作業務では、デザイナーの意図に忠実に造形することが重要であり、実際には要求される品質や外部メーカーでのモデル確認の利便性等について、デザイナーの意向が相当程度尊重されるのが通常であるため、発言力の強いデザイナーに実質的な発注権限があるのと同様の状態になっていた。

このような権限を背景に、Yさんは取引先に圧力をかけたりするようになった。

まず平成4年、YさんはA木型に技術のコンサルタント契約の締結 を打診し、断られるとA木型の業務をB試作に振り替えさせて、A木型に圧力をかけた。この結果A木型の受注高は、平成3年には1億9000万円あったのが、平成4年には1億5000万円以下に、さらに平成5年には1億円程度にまで急減してしまった。

YさんはA木型に対して、A木型の受注の減少が平成4年のコンサルタント契約締結拒否に対する意趣返しであることを明らかにしたうえ、B試作へはA木型経由で業務を発注させるので、見返りにA木型の売上の5%をよこせと要求した。A木型は法外な要求に困惑したが、X社との取引を中断ないし削減されることを恐れ、折り合いをつけるために月額25万円の支払いを提示し、結局Yさんもこれに同意した。

そこで両者は、A木型の税務処理上の必要性からコンサルタント契約を締結した形式を整えることにし、平成7年4月1日から平成10年3月31日までの契約書が作成され、A木型からT社への振込がなされた。

ところが、以後は契約が更新されなかったにもかかわらず、YさんがT社名義での請求を続けたため、やむをえずA木型は支払いを継続し、結局A木型が経営状態の悪化で平成11年4月にこの支払いを打ち切るまで続いた。

その一方で、契約書に記載されていたT社のコンサルタント業務は一切行われず、またA木型はデザインスクールの運営実態については、ほとんど何も知らされないままであった。

そして、平成4年当時、Yさんの要求を拒絶したA木型への外注を削減させて圧力をかける手段として利用するため、YさんはB試作をX社に紹介した。そのうえで、B試作には見返りにバックマージンを要求した。B試作が渋ると「誰のおかげでX社関連の仕事が入ってくるのか」「逆らうと、こんな会社はすぐに言いふらして潰してやる」などと怒鳴りつけたり、X社の役員との交友を記した手帳を示したりしてB試作に圧力をかけた。

そのため、X社関連の取引の中断を恐れたB試作は、度重なるYさんの要求に負けて、当初は請求書もないまま1回数万円程度を相当回数Yさんに支払った。

ところが平成9年1月頃になると、YさんはB試作にもコンサルタント契約を締結し、定期的に金員を支払うよう要求するようになった。B試作は、いったん契約書を作成してしまえば、どんな要求を受けるか分からないと考えて、拒絶していたが、結局定期的な金員の支払いには応ずることにし、契約書を作成しないまま月額20万円を定期的に支払うことにした。

そうこうするうちに、平成10年7月、B試作に税務調査が入り、多額の接待費が問題となったため、B試作ではYさんへの支払いを停止した。これに対しYさんは、直後からB試作への発注を停止させたうえ、B試作に定期金の不払いをなじる手紙を出して「つき20万円のことで会社が廃業に追い込まれる」と脅迫したほか、同年12月にはB試作に乗り込み、さらにはB試作の広告使用を承諾していたデザインモデルを無断使用と主張して、損害賠償を要求したりした。

そのほかにもYさんは、平成4年から平成10年にかけて、B試作に総額2,000万円近い酒食の接待をさせていた。

懲戒解雇が許される場合であっても、当然に退職金が不支給扱いとなるわけではない

懲戒解雇は、使用者が従業員に対して課する制裁罰の一種であり、就業規則に定めがあって、当該規定に法的規範性があると認められるような一般的合理性があり、具体的な事案においても、従業員に懲戒解雇されてもやむを得ないとされる事由が存在する場合に、使用者は就業規則所定の懲戒解雇件を行使できることが認められる。

また、就業規則に懲戒解雇のときは退職金を支給せず、あるいは減額するという定めがある場合、このような不支給規定は、従業員の違法、不当な行為が発生するのを防止し、企業をめぐる取引、法律関係が非常に多面的なため、かかる損害の発生やその金額の立証上の負担を軽減するなどの目的に基づいて制定されるのが通常と解釈されるので、このような退職金不支給の目的はそれ自体合理的であって、格別不当ということができない。

懲戒解雇が許される場合であっても、当然に退職金が不支給扱いとなるわけではない

就業規則に退職金に関する具体的な規定が定められ、その請求が従業員の権利に属するといえる場合には、退職金は過去の就労に対する賃金の後払いとしての性質を有すると解釈されるから、この点を考慮すれば、懲戒解雇が当然だとされ、従業員の労働契約上の地位を将来に向かって喪失させることが許容される場合においても、それだけで退職金不支給規定を適用できるわけではなく、その従業員の信義則違反の程度により、不支給にできるかどうかが判断されると考えるのが相当である。

そして、また退職金が功労報奨としての性格も持っていることを併せて考えれば、懲戒解雇事由の内容・程度及びこれによって会社が被る損害の性質・程度が相当重要であり、さらに懲戒解雇事由とされなかった他の非違行為の存在や、その他の懲戒解雇の一般的な情状との比較や、その従業員の勤続年数の長さ、職務内容の重要性、ないし給与額が低くないか等のほか、過去の特別な功績の存在等従業員にとって有利な諸事情を勘案しても、退職金を支払うことが信義則に反するかどうかを総合的に判断して決定するのが妥当である。

重大な懲戒解雇事由が存在し、退職金不支給も信義則上当然と言える

以上を踏まえ、本件についていえば、T社は当初からYさんの金員受領のためのダミー会社として使用するという不当な目的に基づいて設立されたと判断するのが妥当であり、同社の名義で収受された金員については実質的にYさんが受領したものであり、X社の主張のとおり懲戒解雇事由が認められる。

そしてYさんは、デザイン部課長という地位と、実質的な発注権限を濫用して問題の行為に及んだもので、その内容はいずれも相手方の恐怖心や困惑に付け込んだ、恐喝ないしこれに準ずる行為というべきであって、受領した金額も多額である。

また、これらを支払ったA木型らは、結局その全部又は一部をX社への請求金額に上乗せして回収を図ったとみるのが妥当であろうが、その金額を適切に算定することは極めて困難であって、X社には損害立証上の困難性という事情も存在すると認められる。

したがって、Yさんの勤続年数や職務内容のほか、デザイナーとしてのある程度の功績をあげた等、有利な点事情を考慮しても、その懲戒事由は決して軽微なものではなく、Yさんの行う退職金の請求は、十分信義則に違反するものであって、許されないというべきである。

 

(参考判例)

トヨタ車体事件

 

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