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年功序列型賃金制度の改定


職能資格制度を基本とした年功序列型賃金制度を、会社の業績や個人の成果と直接結びつく成果主義賃金制度へ改定した。

※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。

事件の経緯

N社は、電子機器の電源雑音を検査する測定器の製作ならびに販売を行う会社です。

N社の代表は、従業員との懇親の場で、入社して日が浅いものの業績をあげている若手社員から、しばしば年功序列賃金に対する不満を聞くことがありました。

また、株式店頭公開を前提に、会社概況、経営管理制度の整備状況の調査を監査法人に依頼したところ、その調査報告書のなかに、検討課題として「従業員に対しインセンティブを与えること」があげられていました。

これらを受け、N社は賃金制度の改革に着手することを決断しました。

従来の賃金制度は、職能資格制度を基本としており、年功序列型の賃金制度でした。

(基本給:年齢給+職能給)

新賃金制度は、会社の業績や個人の成果と直接結びつく成果主義賃金である職務給を中心とした制度です。(基本給:年齢給+職務給)

新制度導入時には、新しい基準による格付けがなされ、それに応じて資格及び賃金が決定されました。

しかしながら、新しい格付けをあてはめると、賃金が減額になったり、地位が降格になったりする社員が若干名出てきます。

これを不服として、Aさんらは会社を訴えることにしました。

 

Aさんらの主張

就業規則の変更によって生活に及ぼす影響は甚大であり、不利益変更に当ります。

・年齢給は本来生活保障的なものであるのに、年齢給の上限を40歳から30歳に下げるのは、子供の高学歴化や晩婚化が進んでいる昨今の現状に逆行している。

・旧4等級及び旧5等級に対して支払われていた1万円ないし3万円の資格手当が廃止されたのは、不利益変更に当ります。

・関東圏勤務者に対して支払われていた3,000円の地域手当が廃止されたのは不利益変更に当ります。

・新賃金制度導入に際して、給与支給額が減少する者については、経過措置として調整手当が支給されるのは良いが、この調整手当は1年後にその50%が償却され2年後には100%が償却されるというのは、あまりにも急激すぎ十分な代償措置とはいえません。

会社側の主張

長引く不況により、経済社会構造自体の変革が必要とされている現在、経営の構造改革を断行し、市場を先取りする商品・サービスを提供できない企業は、市場から淘汰される時代に突入しています。

また、売上・利益が右肩上がりであることが前提である年功序列制度では、人件費が会社の体力・業績に関係なく増加し、会社経営を圧迫することになり、これは当社も例外ではなく、海外メーカーとの激しい開発競争・価格競争を繰り広げています。

このような状況の中、当社は生き残りをかけて抜本的な改革に着手し、平成12年に組織変更・事業所の統合・経営陣の刷新を行い、今回は賃金制度の改定を行いました。

これは、それまでの年功序列に基づく賃金体系を改め、やる気のある社員、新しい技術・知識を吸収した社員、柔軟な思考とチャレンジ精神をもった社員が努力した結果が評価に結びつくように、能力給や成果主義を採用しました。

評価結果に対するフィードバックにより本人の改善点が明らかになり、評価を得られなかった場合でも次回挽回するための指針が示されるというように、新賃金制度の目的は経費節減ではなく、社員のやる気を促し企業を活性化することであり、合理性があります。

しかも、新賃金制度の賃金水準は、首都圏の中小企業の平均を上回るように設定されており、新賃金制度に合理性があるのは明らかです。

また、新賃金制度導入による格付けによって支給される給与が下がった者に対しては、次のような代償措置をとることとした。

・新賃金制度移行時の社員格付けを行うに当って、新2等級から6等級の間に格付けする場合は、よく年度の給与改定においてD評価以外であれば必ず評価結果以上の昇給が可能になり、S・A評価であれば、短期間で昇格要件が満たされるようにした。

・評価結果が厳しかった者については、可能な限り上位の等級号に格付けすることとした。

・職務給の等級格付けの結果、従来の金額を下回った11名に対しては、その差額を調整手当として、1年目は100%、2年目は50%支給し、補填することとした

・通常はS評価を1回ないしA評価を2年連続で得ることが昇格の条件だが、調整手当の支給対象者に対しては、翌年の評価でA評価を1回取れば昇格対象とするものとした。

これらにより十分な代償措置が取られているといえます。

さて、この訴えの結末は...

労働者側の勝ち:制度導入には合理性があっても経過措置が不十分

【主 旨】

能力・成果に基づく賃金制度の導入は合理的

倒産等の差し迫った経営上の必要性がない場合であっても、労働生産性と直接結びつかない年功的な賃金制度は不合理だとして、労働生産性を重視し、能力・成果主義に基づく賃金制度を導入することは合理的であること、国際競争力の確保の見地から成果主義賃金を導入する必要性があること等を考慮すると、会社の将来の経営危機を避け更なる発展を目指すためには、年功序列型賃金制度を成果主義賃金制度に改めることを主な目的として、就業規則を改定する必要性があると認められる。

減給の代償措置が不十分なので、新賃金制度は不合理

会社は、新賃金制度の導入により、その受領する給与が下がり、あるいは実質的に降格となる労働者に対して調整手当を支給している。

その理由は給与の急激な減額により生ずる生活上の支障を軽減することにあるから、その支給期間としては、大きな支障なく生活を変えることのできるのに相当な期間、継続的にベースアップが予想されるときはそのベースアップにより減額が実質的になくなるまでの期間、あるいは住宅ローンや子供の学費等が不要となる時期を予想した期間等を考慮して決定することが必要である。

会社の定めた、2年間という調整手当の支給期間は余りにも短く、減少額も急激であって、代償措置としては不十分である。

会社は、昇格要件を緩和したことから、努力すればそれなりに給与の減少額を補填できるとするが、この要件でも昇格できない者がいた場合には給与の減額を受忍するしかないということになり、これは相当とはいえないから、この定めは代償措置として不十分であるとしか評価できない。

そして、人事評価の結果による昇給には限界があり、Aさんらの過去の人事評価の結果や年齢を考慮すると、2年間で減少額の全て又はその大部分を回復することは相当困難である。

また、地域手当や資格手当に関して不利益を受ける者についての代償措置は、何ら講じられていない。

以上によると、会社の定めた代償措置は、いずれも不十分であり、したがって新賃金制度は結果として不合理であるから、就業規則の変更の要件を満たさず、その変更は無効である。

 

(参考判例)

ノイズ研究所事件

 

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