内々定時の健康診断

 

内定の予告をしたが、健康診断でB型肝炎の感染が判明したため不採用とした。

 

※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。

 

事件の経緯

 Aさんは新卒の就職活動で、X社を受験しました。

 

5月12日 大学のOBと面談5月15日 新宿支店において、同支店長による一次面接5月19日 東京支店総括室職員による二次面接5月23日 人事部次長による三次面接(集団面接)5月31日 人事部長と業務第二部長による四次面接及び理事面接

Aさんは、5月31日の面接終了後、X社の社員から「おめでとう。一緒にがんばろう。」などと告げられたうえ、「私は、今後、信義にもとる行為は行なわず、指示に基づく注意事項を遵守します。」旨の書面に捺印するよう求められたので、そのとおり捺印して提出しました。

 

6月1日 適性検査(知能・性格)6月2日 E診療所にて健康診査

 

6月2日にX社は、Aさんを含む応募者に対して健康診査を実施しました。検査前には、検査の項目を記載した書面が交付され、署名を求められました。特段の説明もなかったので、Aさんは採用選考の一環と認識していました。

Aさんは、この検査終了後に、最初に面談したOBと連絡を取るように告げられたので、6月3日に電話をしたところ、「おめでとう。」などとお祝いの言葉をかけられて食事に招待され、6月5日に会食しました。

 

6月18日 F診療所にて健康診査

6月2日の健康診査の結果、Aさんの肝臓の数値が基準値を超えていることが判明したため、X社はAさんに再検査を受けるよう指示しました。

 

6月30日 F診療所にて健康診査

6月18日の検査結果でも基準値を超えていたので、X社はAさんに再度検査を受けるよう指示しました。このときの検査は、通常の肝機能検査だけでなく、ウィルス検査が含まれていました。その際Aさんは、ウィルス検査を行なうことは知らされていませんでした。

 

7月初旬頃、X社はF診療所より、AさんがB型肝炎ウィルス感染による肝炎の所見がある旨、伝えられました。

 

Aさんは、他にも受験している会社2社から内定を告げられていました。しかしながら、Aさんの第一志望はX社だったため、OBから「おめでとう。」等と告げられたことから、X社にも事実上内定をもらったものと判断して、他社には内定辞退の返事を伝えました。

またAさんは、応募者を集めた7月1日の講演会に出席しました。この講演会は、採用選考の審査はなく、応募者の応募意思確認が主な目的でした。

 

7月9日 G病院にて精密検査

X社はAさんに対して、6月30日の検査でも異常があったことを説明し、G病院にて精密検査を受検するよう勧め、Aさんは同意して検査を受けました。

 

7月23日 検査結果報告

Aさんは検査結果の報告を受けるため、X社の社員とG病院に行きましたが、そこで初めて自分がB型肝炎ウィルスに感染していることを知らされました。

同席した社員からは、「健康上の問題があるなら、Aさんが業務に就くのは困難ではないですか。」と言われました。

 

7月29日、X社の人事部社員はAさんと面談し、Aさんを採用内定できない旨伝えました。

 

8月29日、AさんはX社の社員と面談し、「B型慢性肝炎、上記疾患であるが、現在肝機能はほぼ正常域にあり、就労には支障ありません。なお上記疾患は慢性疾患であり短期で完全治癒するものではありませんが、適切な医学的管理下により就労可能と思料します。」等と書かれた診断書を見せ、B型肝炎であっても就労には支障がないこと、血液検査による採否の判断は労働省の行政指導に反すること、自分はすでに内定を受けたと考えていること等を説明しました。

 

しかしながら、X社の社員は「Aさんは採用内定に至っていない。」と返答しました。

 

さらに9月8日、AさんはX社に電話をしましたが、電話に出た社員から不採用であることを告げられました。

 

Aさんは、X社の対応からすると自分は内定を受けていると判断するのが当然であること、B型肝炎ウィルス感染のみを理由に不採用とするのは不当であること、通常の範囲を超える健康診査を勝手に行なうのはプライバシーの侵害であることを理由に、X社を訴えることにしました。

 

X社は、いずれも否認しています。

 

 

さて、この訴えの結末は...

 

労働者側の勝ち:ウィルス検査は違法(ただし不採用は覆らない)

 

【主 旨】

不採用とした行為自体は不法ではない

 この事件が起こった平成9年当時、就職協定は廃止されていたが、企業は「採用内定は10月1日以降とする」という自主的な規律を守っていた。実際X社においても、四次面接の後に、適性検査、健康診査を経て、10月1日に内定書を交付することになっていた。

 

さらに四次面接の後にAさんが提出した書面は、他社への応募を断念するような内容ではなく、「信義にもとるような行為はしない。」等の抽象的な内容のものであり、6月1日時点において採用内定の関係が生じたということはできない。

 

また、X社の社員から「おめでとう。一緒にがんばろう。」と言われたり、OBから「おめでとう」と言われたことは、10月1日に採用内定を行なう予告を行なったに過ぎないと解釈される。

 

なお、6月1日の段階では内定の予告をしたものの、実質的な採用選考としての健康診査が残されており、この結果によって採否の予定が変更される可能性があることは、Aさんも知っていてしかるべきである。しかも何度も検査をやり直していることを考え合わせれば、採用内定の期待が高まったとは考えづらい。

 

したがって、X社がAさんに不採用を告げたことは、不法行為には該当しない。

 

B型肝炎ウィルスの感染調査をする必要性は認められず、本人の同意がない限りその情報を取得することはできない 

B型肝炎ウィルスの感染経路や労働能力との関係について、社会的な誤解や偏見が存在する中、キャリアであることは他人にみだりに知られたくない情報というべきであるから、本人の同意なしにその情報を取得されない権利は、プライバシー権として保護されるべきである。

 

他方、企業には、経済活動の自由の一環として、労働者を雇用する採用の事由が保障されているといえる。そして、労働契約は労働者に対し、一定の労務提供を求めるものであるから、企業が採用に当たり、労務提供を行なうことができる一定の身体条件、能力を有するかどうかを確認する目的で健康診断を行なうことは、予定される労務提供の内容に応じて、その必要性を肯定することができる。

 

ただし、労働安全衛生法に定める雇入時の健康診断は、使用者が常時使用する労働者を雇入れた際における適正配置、入社後の健康管理に役立てるために実施するものであって、採用選考時に実施することを義務づけたものではなく、また応募者の採否を決定するために実施するものではないから、この義務を理由に採用時の健康診断を行なうことはできない。

 

上記とB型肝炎ウィルスの感染経路及び労働能力との関係に照らし合わせると、特段の事情がない限り、企業が採用に当たり応募者の能力や適正を判断する目的で、B型肝炎ウィルス感染について調査する必要性は認められない。

 

また、調査の必要性が認められる場合でも、感染や病気の悪化を防止するための高度の必要性があるとはいえないことを考慮すると、企業が採用選考において上記調査ができるのは、応募者本人に対し、その目的や必要性について事前に告知し、同意を得た場合に限られるというべきである。

 

(参考判例)

B金融公庫(B型肝炎ウィルス感染検査)事件