競業避止義務

 

退職後に競合他社に就業することを禁止した。

 

※本事例は、判例等をもとに脚色して作成しています。法知識が正確に伝わるようできる限り努力していますが、実際の事件にはさまざまな要素が複雑に絡んできます。同様の判断が類似の案件に必ず下されるとは限りませんので、ご注意下さい。

 

事件の経緯

 S社は、製薬会社から医薬品の開発業務を受託する開発業務受託機関(以下、CROといいます)として、医薬品の治験を行っています。

 

Aさんは、平成12年1月5日にS社に採用され、臨床開発事業本部で勤務し、外部から受託した治験のプロジェクトのモニタリング業務に関与していました。

 

S社はAさんとの間に、入社時には競業避止義務契約書及び誓約書を、さらに退職時には競業避止義務に関する合意書を締結し、AさんがS社と競業関係にある会社に就職せず、これに違反したときは損害賠償義務を負うことを約束しました。

 

しかしながら、Aさんは平成13年9月2日に退職して、同じくCROであるP社に就職し、新薬の開発に関する知見の実施及びモニタリング業務に従事することになりました。

S社は、AさんがP社に就職したことは競業避止義務違反であるとし、競業行為の中止を求める内容証明郵便を、Aさん及びP社に送付しました。

 

Aさんは、自分には競業義務違反による損害賠償がないことの確認を求め、訴訟を起こしました。

 

さて、両者の言い分はどのようなものでしょうか?

 

S社の主張

 Aさんは、当社の受託したプロジェクトに従事することにより、治験薬の概要、安全性試験、臨床試験の内容のすべてを把握できる立場にあり、メーカーが100億円近くをかけて開発してきたすべてのノウハウを習得できる立場にありました。

 

なお、この治験薬に関する特許の内容は公開されていますが、開発の経緯に関する知識やノウハウ及び人に対する治験の結果は公開されていません。

 

また当社は、クライアントから厳しい秘密保持契約を要求されており、万一当社の社員が秘密を漏洩した場合、当社は多額の損害賠償責任を負担しなければなりません。当社はCROとして製薬会社の信頼を得るために、社員が秘密保持義務を遵守する方法を制度として確立している必要があるのです。

 

実際のところ、Aさんが同じ業界で働くのであれば、当社が治験を実施した医療機関と接触する可能性があり、その際に在職中に知った秘密を洩らして、当社とその医療機関との信頼関係に傷がつく可能性は十分にあります。

 

当社は競業避止義務に対する代償措置として、Aさんの在職中に月額4,000円の秘密保持手当を支給しています。しかも競業避止を課しているのは同業のCROだけなので、他にいくらでも就職の途はあるでしょうし、禁止期間は1年間に過ぎないのです。

 

以上の通り、競業行為の禁止は不当なものではなく、この特約は有効です。

 

Aさんの主張 

私のS社における就労期間は1年9ヶ月弱であるにもかかわらず、1年間もの長期にわたる競業禁止を義務づけられています。

 

しかも、私は臨床開発部のうち大阪支社内にある小グループの責任者であったにすぎず、権限のある高い地位にいたわけではありません。

 

月額4,000円の秘密保持手当は、競業避止の対価ではないですし、仮にその意味があったとしても、十分な額とはとても言えません。そのうえS社は、退職金の支給等の競業避止の代償措置は何も講じていません。

 

したがって、S社が守られる利益と比較して、私の受ける不利益は著しく大きいので、競業避止の特約は公序良俗に反し無効です。

 

 

さて、この訴えの結末は...

 

労働者側の勝ち:競業避止の特約は無効

 

【主 旨】

制限が必要かつ合理的な範囲を超え、公序良俗に反し無効

 社員の退職後の競業避止義務を定める特約は、社員の再就職を妨げ、生計の手段を制限して生活を困難にする恐れがある。しかも社員は、例え不本意であっても、立場上会社の要求を受け入れてこのような特約を締結せざるを得ない。

 

実際Aさんは、12年近くの期間に渡って新薬の臨床開発業務に従事し、治験のモニター業務を行ってきたので、たとえ同業のCROのみへの転職を制限するだけであっても、Aさんの再就職を著しく妨げられるのは間違いない。

 

しかも、給与支給期間中に月額4,000円の秘密保持手当が支払われていただけで、退職金その他の代償措置は何ら取られていない。

 

このような特約は、これによって守られるべき会社の利益、これによって生じる社員の不利益の内容及び程度並びに代償措置の有無及びその内容等を総合的に考慮し、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合には、公序良俗に反し無効である。

 

Aさんの得たノウハウは、競業避止を課するほどの必要がない

 Aさんが携わった治験薬に関する秘密及びノウハウについては、その治験薬の特許が公開されている。

 

また治験の手続は、法令上定められた手順に従って行わなければならず、証拠上S社独自のノウハウと言えるほどのものがあったとは認められない。

 

しかも、Aさんは治験薬や治験手続に関して、すべての知識やノウハウを得ることができる地位にあったとは言えない。

 

そのうえ、Aさんが秘密保持義務を負担する限り、他の製薬会社に情報を漏洩することはなく、このような競合するCROへの転職を制限する必要性も大きいとは言えない。

 

(参考判例)

新日本科学事件